2007年07月28日

太陽はひとりぼっち

〈原題・製作年〉L'eclipse(1962)
〈製作国〉イタリア・フランス
〈監督・脚本〉ミケランジェロ・アントニオーニ
〈製作〉ロベール&レイモン・アキム
〈脚本〉トニーノ・グエッラ、エリオ・バルトリーニ、オティエロ・オライエリ
〈音楽〉ジョヴァンニ・フスコ
〈出演〉アラン・ドロン、モニカ・ヴィッティ、フランシスコ・ラバル他
〈一口メモ〉出だしにいきなり“この作品は1962年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した”とかいう自慢が始まります。こんな脅し文句はアテにならんという事を以前に徳丸は学習しましたので(笑)、「それがどーした」とタカをくくって観てたら、やっぱり案の定な仕上がりでした(笑)。おそらくその年のカンヌ映画祭には他に出品作品がなかったものと思われます。

「わー、久々にアランくんの作品が観られるー」と思ってウキウキしてたら、いつまで経っても出てきやしないんですよ。なんか、陰気くさいカップルが別れるだの別れんだの、うじうじ話し合ってて、しかも二人ともぐだぐだだからいつまで経っても堂々巡りで、「このしょーもない痴話ゲンカ(…ですらないけど)はいつ終わるんだ」と、のっけから不安にさせてくれます。結局20分も経過してようやく出てきたアランくんは、せわしなく動き回っててとっても忙しそうだし。しかもそっからしばらくしたら、また姿を消しちゃうし。なんだよ、久しぶりなのにつれないなァアランくん(←ってオマエの男か)。

まぁ結局、アランくんよりも、陰気くさいカップルのひとり:モニカ・ヴィッティの方がどっちかといえば主役なので、再びアランくんが登場するまで彼女の様子を淡々と追っていくワケですが、ドギモを抜かれたのが彼女の斬新な“ケニアダンス(笑)”。ソレっぽい扮装して、肌の色まで変える徹底ぶりでしたけど、なんでしょーかこのハイテンション。そして『白夜』のマストロヤンニをふと思い出させる珍妙な動き。出だしの雰囲気と、えらく感じが違うなぁ。こんな展開が待ってるなんて誰が想像しえただろう(笑)。

このシーンまでは彼女の事、「辛気くさい女だな」ぐらいにしか思ってなかったんですけど(ごめんごめん)、わりとお茶目なんですね彼女。というより…うーん、やや躁鬱気味っぽいのかなー。何でもないような事にケラケラ笑ってたかと思ったら、次の瞬間めっちゃ無表情になってみたりして、観てる方もつられてだんだんけだるくなってくるんですよね(笑)。リカルド(←捨てられた元彼)じゃないけど「何がそんなに気に入らんのか!」と問い詰めたくなるような。まぁ彼女がけだるそうなので、映画も全編けだるいムードが漂ってます。けだるく始まり、けだるく終わる、みたいな。アランくんの職場だけは息つく間もなく忙しそうだけど。

アランくんといえば、中盤からモニカとイチャつき始めるのでやぁっと出番が多くなります。そして彼女との初デート中、横断歩道を渡る直前、アランくんはすさまじいお言葉をのたまいます。
「向こう側でキスする」
↑コレ!このセリフ!!コイツに乾杯!!いやぁ、やるねぇアランくん。さすがアランくん。そんじょそこらの男が言ったら往復ビンタもののこのセリフを(笑)さらりと言ってのけるあたり、やはり超一級の男前だねぇ。しかも強気にこんなこと言っときながら、いざって時にはけっこう躊躇してんだよね(笑)。初々しいなぁアランくん。これからしばらくはアランくんを思い出すたび、このセリフが浮かんでくる事であろう。徳丸もどこかで使えねーかなぁ(←っていつどこで誰に使うねん)。

しかしここいらへんまではモニカに対してわりと居丈高だったんだけど、いったん彼女になついてしまえば、まるで犬のように従順なアランくん(カワイイ♪)。彼女の服を破いて閉め出されるところとか、やたらめったらベタベタくっつきまわるところとか、なんつーの、若いね、やっぱ。モニカが常にけだるそうなだけに(笑)、アランくんの脳天気ぶり…じゃなかった、無邪気っぷりが余計際立つというのか。結局この映画って、“男と女は永遠にわかり合えない”って事が言いたかったんじゃないだろか(え?違う?)。だってー、徳丸は女の子だからモニカの憂鬱がすごくよくわかるんだけど、リカルド(←捨てられた元彼)やアランくんにはゼッテーわかんないでしょう。「“わからない”って言うな!」と怒ってるうちはまだまだだね、アランくん。まぁ所詮、男と女は違う生き物だからねぇ(…と、知ったような口をきく)。


posted by 徳丸虎龍 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(2) | お気に入り度:そこそこ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
徳丸さん、お久しぶりでした。
確かに、この作品のアランくん、あまり目立っていませんでしたね。残念なことです。
>・・・男と女は違う生き物・・・
う〜む、深い。確かにねえ。わたしは、これに気づくのに30年以上かかりましたよ。
でも、だからといってどうすればいいのかわかんないですよ(笑)。

あっそれから、武田さんの「世にも怪奇な物語」の記事読みました?
      ↓
http://itumononki.jugem.jp/?eid=291

では、また。
Posted by トム(Tom5k) at 2007年08月25日 23:33
あらま、お忙しいのにわざわざコチラまでいらしてくださってありがとうございますぅ。

TB送っていただいた記事、読ませていただきました。この映画が撮られた時代背景や、具体的にこのシーンではこういう裏がある、という解説に「おぉ!」と目からウロコです。まぁ今回に限らず、トムさんの記事拝見するたび毎回なんですが(笑)。
自分で見るときはさんざんツッコミ入れまくってた作品が、トムさんの解説を読んだとたん格調高く思えてくるってのが不思議なもんだ。っていうかそれだけ、いかに自分が何も考えずにアランくんの作品を観ておるか、という裏返しなんでしょーけど(笑)。毎回コケにしちゃってごめんよアランくん。

あ、それから武田さんの記事のご紹介、ありがとうございました。徳丸も初めて観たアランくんの映画って、この『世にも怪奇な物語』ですね。ヤバイくらい男前オーラただよわせてるアランくんにくぎ付けでした。冷静に考えたらツッコミどころだらけではあるんですけど、彼の色気…というか魔力(笑)がそれを封じ込めちゃうというのか。
あーこんな事書いてたら、なんだか久しぶりにまた観たくなってきたなー。
Posted by 徳丸虎龍 at 2007年08月26日 11:36
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Tracked: 2007-08-25 23:02

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Tracked: 2007-08-25 23:05
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